専門学校に行くお金を貯めるべく社会に出て4年。
一時はこの会社に居続けようかと思いましたが、やっぱりアパレル業界で働きたいと思い退職。
退職してから手続きのため、ハローワークへ。
今後の話などを職員さんにしていると、「それなら職業訓練校に行くと良いよ」と教えてもらいました。
職業訓練校と専門学校の大きな違いは、卒業後に職場で即戦力になれるかどうか。
服飾の専門学校の体験入学に何度か行きましたが、仕事に活かせる力がつくというよりは趣味の域だと感じていました。
それに比べて職業訓練校は服作りの現場と同じ工程と機械での作業を学べます。
私は職業訓練校の話に飛びつき、試験を突破して入学しました。
職業訓練校に入学
入学して一番驚いたことは、工業用ミシンが一人一台ずつ使えること。
家庭用ミシンと工業用ミシンはサイズも見た目も性能も全く違いますが、一番の違いはパワーです。
バカでかいモーターが付いているので、家庭用ミシンの5倍くらいスピードも速い。
針の動きが見えないので普通の人が見たら怖いと思います。
しかもミスをするとそのパワーゆえに針が指を貫通します。
私は経験ありませんが、今まで何人かは針を指に刺したまま病院送りになっていました。
よその専門学校では、家庭用の古くてショボいミシンを数人で順番交代で使っていました。
それを知っているだけに、こんなに性能の良いすごい工業用ミシンが一人一台与えられるなんて…!
何ここ?天国なの?
もしや夢の国?黒いネズミとパレードが出てくるんちゃうの?
服作りに興味がない人には分かりにくいですが、自分専用ミシンがあるっていうことは憧れの存在なんですよ。しかも性能バツグンの工業用ミシンです。
本当に夢のような日々を学校で過ごしました。
在校中はデザイン史や生地の性質、デザイン画の描き方を座学で。
実習では工業用ミシンの扱い方やパターン(製図)、実際の工場でのやり方による服作りをみっちり学びました。
また、色彩検定2級の資格も取得しました。
職業訓練校を卒業
卒業後はすぐにでも服飾の工場で働くつもりでしたが、求人がなかったので思いきって古着屋のショップ店員になりました。
当時は本当にいろんな格好をしていました。まるで毎日がハロウィン。
カリスマショップ店員と言われていた時期です。
ショップ店員として目立つためにいろんな格好をしていたんですが、今考えると服装に対する抑制というか、タガが外れてしまっただけかも(笑)
今日はアメカジ、次の日は当時で言う森ガール、次の日はメンズライク、次の日は60年台のピンナップガール風…
どんなテイストでもお構いなしに取り入れ着まくる日々。
おかげでどんなテイストの格好にもアドバイスできるようになりました。
手持ちの服は200枚を軽く超えていました。
当時の写真がガラケーから出てきました。これは一部ですね。
このラックがもう一つあり、さらにタンスも使っていましたがそれでも服があふれている状態。
さらに帽子やベルト、ネクタイなどの小物もいっぱい持っていて、
コレにプラスしてウィッグも数種類持っていました。
その甲斐あってか、私のコーディネートしたマネキンの服は飛ぶように売れました。
「このマネキンの服、全部ください!」と言われるのは毎回めちゃくちゃ嬉しかったです。
その後私はディスプレイ担当になり、最終的には副店長になりました。
古着屋を退職
古着屋の売上は結構良かったと思っています。
でも「お店の家賃が高すぎる」という大人の事情で(笑)、閉店するとある日突然言われました。
正直「なんでそんな家賃高いところに店を出したんや!」と思いましたが、社長の決定事項だったので泣く泣くショップ店員を辞めることに。
古着屋退職後は洋服を作る側の人間になりました。
工場での求人はあいかわらず無かったので、リフォームのお店で経験を積みました。
オーダーメイドの仕事もあったのでデザインやパターン(製図)をすることも。
その後は求人が出たので服飾の工場に入り、工業用ミシンでの縫製とアイロンの技術も習得。合理的な服作りの高度な技術を骨の髄まで叩き込まれました。
販売、工業用ミシン、パターン(製図)、アイロン、リフォームといったアパレル業界のほとんどの仕事を経験。
その後結婚を機に退職しました。
オシャレに目覚めた頃に出会った彼。
今では私の主人です。
DVの父親のせいで対人恐怖症になり、いじめのせいで卑屈で自分に自信がなかったダサい学生時代。
学費を稼ぐために働いた会社で見た、キレイな先輩方。
憧れの先輩方に少しでも近づきたくて始めた、オシャレになるための猛勉強。
私の暗い人生は、先輩方との出会いをきっかけに180度変わりました。
今は専業主婦になり、愛する主人と幸せな生活を送っています。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
服はもちろん、ヘアアレンジやメイクを含めた大人可愛いスタイルを提案していきますので今後もよろしくお願いします!
角野小町でした!
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